南三陸町滞在記(PRIP Tokyo 伊藤) 2011319日-21

319日(土)

20:30 鶴岡出発

車で移動。夜間ということもあり、節電のためコンビニが看板を消灯している以外は地震の影響は見られない。

22:30 鳴子温泉到着

宿泊

 

320日(日)

7:30 鳴子温泉出発。国道47→108三陸道→45県道197国道398号を車で移動

国道47→108号は、コンビニは閉店している(人が並んでいるところもあったので、夜間閉店か?)。ガソリンスタンドでは開店待ちの車が長蛇の列。スーパーでも所により10-20人程度が開店待ち。涌谷を過ぎたあたりから地震の影響で橋の前後に段差ができている所がある。

三陸道は、緊急車両、救援車両以外通行禁止だが、検問で救援物資を積んでいる旨と届け先の避難所名を伝えて通してもらう。

国道45号は、川下の398号の橋が落ちているため、必ず45号で北上川を渡る必要あり。

県道197号(右手に北上川を見ながら土手を河口に向かう道路)は、所々道路のうねりや亀裂がある。数km進むと左手が津波の影響で大規模に冠水している。

国道398号は、土手の欠壊があるので、迂回路を利用。

その後は、地震の影響とそれにともなう迂回路多数。迂回路では、徐行と緊急車両優先に留意。

沿岸部の集落はほぼ壊滅。 

10:30 ながしず荘(南三陸町長清水地区)到着

PRIPからの救援物資を渡す。お酒とたばこを伊藤からの差し入れとして提供。

11:30 ながしず荘出発

中芝の橋が崩落しているため志津川海洋青年の家に車を置き、徒歩で約2時間移動。支援物資のおにぎりを大量に持たせてもらったので、歩きながら食べた。

ヒッチハイクで荒町地区へ移動し、預けてあったPRIPの及川博道の車で移動。本浜の及川博道の実家付近を探索。家の基礎ごと津波にさらわれたらしく、家があったであろう土地は海になっていた。

14:15 ベイサイドアリーナ到着

震災対策本部前にて、現地での情報収集に協力していただいていた佐々木さんと合流。

佐藤仁町長と面談。佐藤仁町長にPRIPと今回の震災に関する活動状況を報告し、弊NPO理事長である安念からの手紙、PRIPのサイトと震災情報まとめサイトのプリント、被災者リスト3653件分、被災者リスト検索用QRコード800枚を手渡す。手書きの名刺を頂く。「心からの感謝!! 南三陸町長 佐藤仁」

佐藤仁町長は、前日に被災情報の収集を担当している町役場の佐藤宏明さんを通じて、佐々木さんからの情報でPRIPが活動している事を把握なさっていた。その、住基ネットを通じた作業を担当している佐藤宏明さんにつないでもらい被災者リストの運用について簡単に説明し、クローズのタイミングや個人情報保護について検討中である旨を報告した。今後、必要に応じて相談させていただく事を快諾いただいた。すでに前日に被災者検索を試用しており、タイムスタンプを見れるようにしてほしいとの要望を頂いた。

注:更新日時と履歴を閲覧可能であることを後日連絡済 

佐々木さんから、南三陸町在住の及川清登さんが避難所を回って収集してくださった戸倉地区東部ほぼ全ての避難者リスト最新版を受け取った。

注:この避難者リストは宮城県のホームページにも掲載されています http://www.pref.miyagi.jp/hinanjo.htm#kesennuma

15:00 避難所に設置されている簡易衛星電話が空いていたので、PRIPスタッフに経過報告

及川博道の父親の会社に寄って、その後、車で追分温泉を経由して移動。

17:00 ながしず荘に到着。夕食。就寝

#前日に発電機と軽油、灯油が入り、みんな被災後初めて入浴できた。

#持参した物資の中に、若い女性用の下着が無かったので、まきちゃんが不満そうだったが勘弁してもらった(笑)。

#今日はアンテナを調整してTVがついたが、地震報道は減っており原発のニュースが中心だったため残念そう。

#及川博道を中心に放射能汚染をかなり心配していたが、伊藤が説明し、その後TVを見たので、その話題は終息。

#救援物資の食料は大過剰。おにぎり10//日。その他にパンもある。

#救援物資が届くまでは、ながしず荘のお米と水産加工会社が停電のため放出した冷凍品を中心に食べていた。

 

321日(月)

朝食

9:30 ながしず荘の物資調達係と一緒に志津川海洋青年の家に行き、地区会議に参加。各地区にPRIP名義で軽油1缶と電池を分配し、PRIPの活動を説明。今後の長期的な視野での支援を検討している事と、その場合、活動に協力して頂きたい旨を伝達。区長さんに名刺を渡す。軽油は及川博道が調達したもの。

海洋青年の家には米軍のヘリコプターが次々と来ていた。支援物資の中にアメリカの商品あり(シリアル、チョコバー、おむつなど)。 

ながしず荘に戻り、昼食。

被災後初めてお医者さんが巡回(海洋青年の家では数日前から常駐診療開始)。おばあちゃんたちが被災後初めて(?)のお散歩。風邪気味の人がちらほらいるが、子供たちも含めみんな元気。及川家幼児(ほあちゃん)はアンパンマンの人形が気に入った様子。発電機が入ったとはいえ、節電モードではあるので、懐中電灯と電池に喜んでいた。

朝日新聞の記者が取材に訪れる。及川家族が地震から津波までの間に取り込んだ今年度産の塩蔵わかめのプレミアム販売企画を及川博道が提案

救援物資のパンを大量にもらう

みなさん、PRIPに感謝しているとの事でした

16:30 ながしず荘出発

物資を載せていないため、三陸道は使わず45号線を南下

旧北上川を渡るとすぐに工事中のため迂回し、土手を南下

石巻地方広域水道企業団蛇田浄水場のところで45号に合流

新下沼交差点付近からヒドい渋滞のため、住宅街を抜けて108号線へ

その後は、順調

21:00 帰宅

 

後記:ながしず荘および長清水地区の皆様、戸倉地区各集落の代表者の皆様、南三陸町役場の皆様、現地での情報収集にあたっていただいた皆様、インターネットを通じて貴重な現地情報を提供していただいた皆様により支えられ、滞りなく活動する事ができました。お世話になった皆様に感謝を申し上げるとともに、一刻も早く被災者の皆様が安心して暮らせる日が来る事を祈念いたします。

*滞在期間中に撮影した映像はこちら 

文責 PRIP Tokyo 伊藤卓朗

 

 

 

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